2011年11月5日土曜日

【エーゲ旅行記】憧れのミコノス

10月8日朝9時半。

アブダビ発 アテネ行きのエティハド航空機は小さなジェット機だった。




今日のアブダビ空港の景色は初めて訪れた時の焦燥感に満ちた景色とは全く違い、
活気があり財布の中にもお金がある。ゆったり観察する時間もあった。
今日どうしてもこの空港でしようと決めていた事がある。
前回無一文で野良Wi-Fiに必死で掴まりながらメールチェックをしたのは空港ロビー片隅の地面。
あの時喉が乾いて死にそうで、目の前のスターバックスで和やかに飲食している観光客が心から疎ましかった。
だから今日は早めに空港に来てスタバでゆったりしてやりたいという思いがあったのだ。

空港ではまず手持ちのアブダビの通貨、全ディルハムをユーロに両替する。
そして20ディルハムだけを残し、カプチーノを注文した。ジャスト20ディルハム。
美味しかった。何だか格別の味がした。
日本で飲んだらごく普通だと思うが、この空港、このスタバで飲むから美味かったのだ。
前回叶わなかった事をやり遂げる、そこに意義があると思っていた。
今日のフライトの待機をしている制服を身にまとったアテンダントたち。
白装束の高貴なビジター。到着したばかりでフライトの疲れを癒すトラベラー。
皆それぞれの出発をそれぞれのタイミングで過ごしている。
ふと辺りを見回す。どこにもクレジットカードが飲まれて悲壮感漂う人は見あたらなかった。
喉が乾いて干からびそうになっている人もいそうになかった。
いや、もしかしたらどこかにいたのかもしれない。
心に余裕が出来ると自分の至近距離しか観察しないもんだ。辺りに無関心になるからだ。
サバイバル最中の男だったら周りで何が起こっているか目をギラギラさせているが。

困っている人を助ける、そんな簡単かつ難しい事をこれからは率先して行こうと思った。
それがアブダビ大使館の人たち、二人の親友、日本の相棒さんから学んだ大事な教訓。
俺が助けれた幸運を、次に違う人を救う事で恩返しすることにした。映画のpay forwardのように。

さて、急いでフライトのチェックインをしなくては!、とdepartureに向かう。
カウンターでは少々時間がかかった。
変更のかかった俺のe-ticketは職員さんの確認作業を手間取らせた。
エティハド航空から再発行してもらったticketナンバーを手書きで伝えるも、やはりwait for a moment,  sir?
そこで、成田でもらっていたストライキ原因の”欠航証明書”(これは成田で頼み込んで発行してもらった公的証明)をすかさず出してみる。
効果てきめん、すぐに搭乗手続きが済んだ。やはりこういう時のためにもらっておいて正解だった。
本来なら帰国後ファックスで送ると言われたのだ。魔法の紙に思えた。





必要な手荷物検査を済ませアテネ行きの小さなジェット機に乗り込む。
いよいよだ。いよいよアテネへ向かうのだ。そう思ったらゾクゾクっと身震いした。
このあたりでギリシャ人をよく見かけるようになる。独特な話し方だなぁと観察してみる。抑揚が可愛らしい。
飛行機内では太っちょアラビアンおじさんばかりで、離陸直後にその体格のせい!?でシートが目一杯倒される。
こりゃ狭すぎる、、と負けじと俺も倒すが、今度は後ろの太っちょおじさんの膝が邪魔し、いっさい倒せない。
こういうわけで、ほとんど着陸まで垂直座りで5時間ほど過ごす羽目になった。




機内食はアラビア料理。夕べ食べたイエメン料理の同じメニューが出てきて歓喜乱舞。
アラビア料理は本当に俺の口に合うようだ。ラム肉の乗っかったライス。
これはいくらでも食べてしまいそうな美味具合。
食事が済んだら数時間寝てしまっていた。
機長アナウンスでアテネに間もなく到着すると聞こえてくると、急に心臓が高鳴った。腕時計とiPhone、デジカメ、タブレットPCの時刻をアテネ時間に合わせる。


初めてアテネの空気を味わった時、何かの香りがした。後で分かった事だけどオリーブの香りだった。








空港の外に出てみると気温は暖かく、そして気まぐれで変わりやすい、そういう印象を感じた。
今さっきまで無風だったのに、もうびっくりするくらいの風。
これは過ごしやすいぞ~と気分が一気に高まる。
この後にすべき事は、Olympic航空国内線でアテネ~ミコノス間を飛行機で移動すること。
当初の予定はピレウス港からフェリーでミコノス入りしようと考えていたが、
例のアテネ空港のストライキや、アテネ市内のデモ活動が活発化していたので
面倒事は避けたいという予感があっての変更だった。
この判断は成功だった。アテネ空港内の移動だけですぐさま旅立てる。
乗り換え時間は2時間ほど余裕があったのでのんびりアテネ空港内を散策してみた。

やはりどの国の空港も風情がある。ここにいる皆がそれぞれどこかへ旅立つのだ。
みんな活気と賑やかさと喜びに満ち溢れている風に見える。
そんな中一人不安に思っていた俺だけど、怠慢!?と口コミされるOlympic航空機は無事離陸した。



小さな小さなプロペラ機。機内はかなり狭く爆音がする。セスナ機はうるさいんだな、と知る。
ほんのおまけみたいな機内食を食べながら、わずか40分程で憧れの地、ミコノスにたどり着いた。


空から眺めるミコノス島


すごく小さなミコノス空港 オフシーズンだからか 人はまばら。



ちなみにこのミコノス行きの飛行機も例のストライキで、航空会社都合で予約がオールキャンセルになっていた。
後日、振り替えのために連絡をするように、とOlympic航空からSMSがiphoneに入っていたが、電話をすると何と驚くべき事に有償で再度買い直せとの返事があり驚いた。
この不条理をS君はドバイの洒落たカフェでスマートに話をまとめてくれ無償振り替えをしてくれたのだった。
無事にミコノスにたどり着いた時、心の中でS君に心からお礼をつぶやいた。

ところでミコノス行きの機内で話しかけてくれた隣席の女性(これがかなりの美人さん)
がびっくりして目が点になるほどの不安定な着陸の仕方をし機体がぐらぐら揺れた。
強風のせいだろう。ギリシャはとにかく風が強い。
その彼女はとても気さくでどんどん話しかけてくれる。
一緒にご飯でもと誘われたので宿泊するホテルの連絡先を伝え、相乗りタクシーでミコノスタウンへ向かった。

この日は天候が大きく崩れ始め前日までの晴天が大嵐に変わっていった。
ミコノスの強風は噂には聞いていたがこれほどまで強いとは、と驚きを隠せなかった。
「また今夜ね」と彼女が先にタクシーを降り、ミコノスの中心部までタクシーはまた向かい始めた。


嵐がやって来る直前 どんよりお天気




今日のホテルは中心部スクウェアから歩いてすぐなので、
タクシーから降りてから地図頼みで狭い狭い可愛らしい路地に入り込むことにした。
予約してあるホテルからは事前に、絶対に地図を持参して来るように、じゃないと迷いますと事前に連絡があった。


一歩路地へ入るとそこは想像以上の可愛らしさで思わず息を飲んだ。一歩も歩けなくなるくらいの感動。
今見ている1シーンだけでもまだ受け入れられない衝撃がある、これ以上先へ進めない。とてもまだ心の準備が整っていなかった。

デジャブ現象の10倍強い感じ。見たことあるのに今初めて目にしてる。本当妙な感じだった。
とても細部まで知り尽くしているのに、手で触れ、爪先でペンキを擦り、木の手すりを撫でる。
石畳をスリスリ触り一人で興奮していた。長年の夢がついに叶った瞬間。
そうか、お前さんたちはそういう材質で出来ていたんだね・・・と心の中でつぶやく。
目の前にある建物は全て丸っこく角が無い。どこを見渡しても、直線的・幾何学的要素を感じない。
手作りのおうち、粘土のおもちゃ、カラフルで愛嬌たっぷり、そういう印象を一発で受けた。









あ、ありえない・・・こんなに可愛いのか!とにかく鼓動が高まったまま静まらなかった。
小道を進みやはり迷いながらたどり着いたそのホテルは、ガーデンに囲まれ美しいミコノスの伝統建築で造られていた。


分かりにくい小道を通り抜けると


 行き止まりに看板を発見

 
敷地内はガーデンになっている





こんな素敵なホテルに泊まれるとは!と、ここまでの長い道のりを振り返って感無量の気分で満たされていた。
オーナーのおばあちゃんはすごく親切で安心出来るホテルだなぁと感じた。
本来なら3泊予定のこのホテル、アテネ空港のストライキで到着が遅れてしまった。
そのため既に前金で支払っていたので2泊分は無駄にしてしまった。
まぁ仕方ないだろう。ギリシャ政府が補償でもしない限り無理だろう。
交渉もこの日は疲れ果てていて面倒だから手を抜こうと思った。
 
ミコノスの最初の洗礼は鍵の開け閉めの難しさ。
何度も何度も繰り返してやっと慣れる。
ちょっと力めば壊れてしまいそうな古風なドアだった。しかもやたらガチャガチャうるさく鳴り響く。
無理矢理鍵をこじ開けている人のような騒音がした。


部屋は割と狭い方だが、ベランダが素晴らしい。辺りの景観もそうだし何よりベランダの床がまさにミコノス風の石畳なのだ。


飛び跳ねたくなる衝動を抑えて(実際は飛び跳ねた 笑)荷物を開き、wifiの接続実験を済ませてしばしメールチェックなどをしていたら、
突然の雷雨が始まった。何度かの雷鳴でついにミコノスの街の大部分が停電した。
さっきまで隣接する屋外映画館でちびっこたちの歓声が鳴り響いていたのが、悲鳴に変わる。
もちろん俺が泊まっているホテルも真っ暗になった。wifiも切断される。

何事だ~~~と一瞬焦るも、来たな来たな?またトラブルかぁ?と案外楽しんで過ごしていた。
アブダビ事件を経験したらもう、ちょっとやそっとでは驚かない。
小一時間ほど停電したまま、その後復旧後も付いたり消えたりを繰り返す。夜中、雷鳴は鳴り響いていた。初めて聞くかのような爆音で。
ホテル内のあちこちでもギシギシ・バタンバタン鳴っていたのでホテルが破壊されるんじゃないかと少し不安もあった。
初日からツイてない。嵐を一緒に連れてきたかのように思えた日だった。
まぁどってことは無いだろう!もうミコノスに着いたのだから!今日も長い道のりを移動したな。
あまりの安堵感に暴風雨もいつの間にか気にならなくなり、気が付いたら眠りに落ちていた。


つづく


ミコノスで撮影した全ての写真はこちら

その1


その2






【エーゲ旅行記】さよならアブダビ

2011年10月7日

こんなにも熟睡出来た夜は、この旅で初めての事だった。

ところで今日はアブダビ最後の日。
代理店に何とか頼み込んで出発日を一日遅らせることが出来た。
朝早く起きいろんな後片づけで忙殺されていたら、
「ケニーさんのアブダビ最終日だから、是非会いましょうよ!」とS君とYちゃんからそれぞれe-mailが入っていた。
ホント嬉しいなぁ・・・・ホロリ
でも、もちろん行きます!と即答出来ない事情があった。
遊びたいけど遊べない・・・


旅程の修正は面倒極まりなく、既にbookingしている先方に変更連絡をしないといけない、
返金可能か違約金が発生するか確認してからじゃないと判断が出来ない。
パルテノン神殿が暴動のせいで閉鎖されているとのことで、アテネ情報もチェックしておかないとならない。
お金の振り分けや隠し場所を考えないといけない。
カメラのSDカードのバックアップやブログ草稿を書いたり、ポストカードは現地から投函するものだから今書かないといけない。
お風呂だって入りたいし洗濯もしないと。第一、飯も食ってないではないか。・・・・ぐへ・・
文字通り飲まず食わずで何やってんだろ。


でも明日はWiFiの通じる場所とは限らない、今やって置かないと。
昨日S君の貸してくれたiPhoneは本当に助かった。
彼のiPhoneがWiFiの中継アンテナの代わりになってくれ、自分の部屋からメールチェックや調べ事が出来ている。



ついでに気兼ねなく国際電話に使っていいよって。彼は聖人なのだろうか。。
入金は既に済んでいたが昨日までお金に困っていた俺に、クレジットカードまで貸してあげようか?と。
さすがにそれは丁重にお断りした。どんだけ・・・・優しいのだ。


無我夢中で時計とにらめっこで雑事を一つ一つ片づけていると
彼らからホテルの電話に電話がかかる。
「9時ぐらいに着きます~」
何回も「まだ終わらないんです、もう少し待って!!」と言い続けたこの日の午後だったから
なんぼ何でももう断れない、戻ってから徹夜でやればいいかと、待ち合わせ時間を9時ぐらいにしていた。
ロビーで待っているとYちゃんがやって来た。


「こんばんは~^^」
ん、何やら様子が変だぞ、Yちゃんの表情がこわばってる。
実は、、彼女の口からびっくりな話が飛び出した。
「たった今、S君が交通事故を起こしてしまって。。」 えー????
現場に行ってみるとS君が事故の相手と話を終えたところらしく、2台の車が融合したような配置で停車していた。
これから間もなくで警官の現場検証が始まるという。
彼の車は少しだけ凹んでるくらいだったが、相手の車は前方大破していた。位置的に相手が9割過失がありそうだ。
「S君大丈夫か???」と声をかけたら「俺のことはどうでもいいんだ、ケニー、本当に申し訳ない。最後の夜だと言うのに」と何度も謝ってくれている。
にこやかな表情で「ケニー、今日は忙しいのに来てくれて本当に嬉しいよ」とも。目の前には自分の車が事故って停車しているというのに。
こんないいヤツでしかも超イケメン。この世にはすごい人がいるもんだ。これほどの人格者を見たことがない。


この後S君は警察署へ向かい、Yちゃんと俺と二人で夜のアブダビの街をぶらぶら散策することになった。
何事もなければ美女と夜中の散策するとは思いがけない幸運だが、今日はそんな事情じゃなかった。
カフェで彼の連絡を待つより、少し街中を見てみたい、お散歩しませんか?と提案。
アブダビの街はなんと夜中に独りで歩いても安全。これ以上ないくらい平和。そしてオイルマネーで華美な建物がずらーと並ぶ。
街には人が溢れそれぞれの飲食店は賑やかな様子だ。禁酒の国にはバーがない。酔っぱらいが一人として見受けられなかった。
その代わり可愛らしいポップなデザインのアイスクリーム屋さんの多い事、多いこと。そしてこれが異常にうまい。


一瞬コワモテに見えるアラブ人たち。ほとんどが外国人労働者なのだろう。
怖そうに見えるのは100%偏見であるとこの地に訪れると誰もが知ることになろう。
すれ違う人たちはそれぞれアブダビの夜を楽しんで過ごしているように見えた。
そうこうしながら10分ほど歩くと大都会の真ん中に大きな公園を見つけた。
そこで、驚くべきカルチャーギャップな出来事に遭遇する。

何と、夜も深い10時過ぎに家族連れの市民がいーぱい集ってピクニックをしている。
よく見るとイスや食べ物、水筒など持参しちびっこたちはキャーキャー騒ぎながら楽しんでいた。
これは一体・・・






聞けば、かの地は日中の強い日差しで外出が出来ない。
だから真っ暗になった深夜に家族ずれのピクニックが街の大きな市民公園で行われるそうだ。

それにしてもニッポン人である俺には目を疑う光景であった。
ある家族連れがバドミントンをやっていた。そこで声をかけられ俺たちも参加することに!



ラケットを持ってラリーが始まる。3分もしないうちに真夜中だというのに猛烈な汗が噴き出した。
しかしこれが本当楽しい。身も心も爽快なのだ。
とにかく不思議な感覚だったが20分ほど小学校教諭という年は同じくらいの男性とワイワイ楽しんだ。
日々の体力不足を実感した・・・。俺は汗だくなのに相手は涼しい顔をしているじゃないか。彼ら、汗ひとつかいてない。
これでも20代は仕事明けに毎日バドミントンやってたというのに!
調子に乗ってスマッシュを打とうとするが当たらない。昔から調子コクと失敗するのが俺の特徴。
少し休憩を取ろうと提案。いわば負けを宣言したようなもの。サムライもどきは、かの地で果てた。

それからもう一人の連れの男性から、アラビアコーヒーをご馳走になる。
おらおら飲め飲めー(こんなニュアンス)と勧められるこのコーヒーはさっぱりしてすごく飲みやすかった。
びっくりするほど陽気すぎるアラブのおじさん達。
このコーヒーはすごく小さなカップで飲むのが流儀のようで、ついさっきまで汗だくで水分に飢えてた俺は立て続けに5杯おかわり。

「どこから来たのか?」
「仕事は何をしている?」
とおなじみの質問から、いろんな楽しい話題をすることが出来た。
日本製品がいかにアブダビで好かれているか説明してくれ、なんだか嬉しい気持ちになる。
白い民族衣装を身にまとっているから現地で特権階級クラスなのだろう。話してて優雅な人たちであった。


思いがけぬ交流に心から有り難く思い、また会おう!この公園で!とその場を後にした。
街に戻る道中、こうした偶然の出来事を感謝しながらストライキは必然だったに違いないと思えた。
本当に心からそう思った。二人の親友との出会い、モスクでのお祈り参加、ドバイ体験、現地の人たちとの交流。
大使館の人たちとの接点もそうだ。日常では決して味わえない奇跡の連続だったと思った。
ありがとう・・・・


てくてくホテルまで二人で歩き、Yちゃんをタクシー乗り場まで見送り自室に戻った。期待していたS君からの電話は結局来なかった。
「そうか。。。このままS君とはお別れになってしまったんだな」
後ろ髪引かれる思いで荷物を整理していたら部屋の電話が鳴った。S君からだった。
彼はあの後4時間くらい事故処理のために警察署におり、ようやく済んだとのこと。
また何度も何度も謝られる。「ケニー、こんな日に本当済まなかった・・・」
「でも安心してくれ、明日の朝、俺が飛行場まで車で送ってやるから。寝坊してもいいようにそちらの部屋まで起こしに行くから爆睡してくれ 笑」と。
あまりに嬉しいと感謝の言葉が中々出てこないんです。一体何度thank youを言ったことだろう。
彼は俺のハプニング入国によりこの数日ちっとも寝ていないはずだ。
結局嬉しさとアブダビを離れる寂しさで、この夜は一睡もしなかった。気が高ぶってしまって寝付けもしなかった。
お陰で溜まった写真整理とアップロード、ブログ草稿などを、近くで買ったステーキバーガーを頬張りながら書き終えて気がつけばチェックアウト時間の30分前になっていた。







そうしてたらフロントから電話がある。S君がロビーに着いたからだ。
いよいよか。この旅はじめてのチェックアウトを済ます。
彼との再会を喜び、夕べの状況を尋ねた。
彼は本当にやり手だ。相手が10割過失があると警察に認めさせ、ついでに関係のない箇所まで相手の保険で修理させる交渉をまとめちゃったそうな。
敵にはしたくない男だよ、、とつくづく思った。
目の前のニコニコ男は味方だからこんなに安心出来るのだ。


アブダビ航空への30分。車内では熱い熱い語り合いをした。
彼はシリア人。中東問題や宗教の話、アブダビの経済や中東革命の話。
現地の人から貴重な真実のお話を聞いた。世界のニュース問題が今この瞬間に現地インタビューをしているかのように俺は一つ一つ尋ねた。


先日惜しまれて亡くなったスティーブジョブス。彼の実の父親はシリア出身。
その事を話したら彼はスティーブがあまり好きではない、とジョークで話を誤魔化した。
つまるところ、Apple製品は好きだがスティーブは大嫌いという結論。
シリアの血はきっとIQが高いに違いないと思う。彼もそうだし早口で論理展開が恐ろしく速い。
日本でこれほどのキレ具合を持っている人に会ったことがない。


空港に着いた時、心から寂しく思った。ここでS君とお別れ。
Yちゃんはこの日成田へのフライト。ついさっきまで仲良く遊んでた3人はそれぞれ別々に。



人生でこれほど熱い握手はあっただろうか。一生の思い出に残る別れのシーンであった。
異国の地で、ほんまもんの漢に出会えた。


この1時間後、俺はアブダビ発アテネ行きの飛行機に乗ることになる。
高揚する期待感と別れの喪失感が入り交じる複雑な心境で。






つづく




【エーゲ旅行記】大事なミッションとドバイ観光

2011年10月6日

朝7時にS君とYちゃんは迎えに来てくれた。
なんて言う親切な二人。旅先の親切ほど身に染みる物はない!

ところで今日は大事な大事な日。
ギャンブル性がめちゃめちゃ高く、やるべきタスクがたくさんある日。

旅が元通り復旧するかどうかの瀬戸際なのです

最悪全てが無になり、想定外のバカ高い余分なお金を払って失意のどん底で帰国する確率の方が高かった。
だから当然緊張でうまく眠りにつけなかった。もし寝れたら相当な鈍感おバカ者だ。


ものすごい準備時間とプラン練り、旅行用品も大枚はたいて揃えたんだ。
今日で辞めたーーおしまいーー!とは絶対に出来ない。

眠いなんて言ってられません。
当事者の俺はいいとして、彼らはみじめな俺のために早起きして駆けつけてくれている。

眠い顔を悟られないよう元気に”おはよう!!!”をした。

まずATMに吸い込まれたカードを取り返しに、
S君いわく、「Your enemy(笑)」 の銀行の本店らしきでっかいビルへ向かった。

外国のオフィスらしく騒々しい。怒鳴り会ってるかのような上司と部下の仕事のやりとり。
ニッポンではちと見られない光景。言い訳が出来ないと無能であるかのような文化。
端から見ているとどっちが上司か分からない。それくらい張り合っていた。

そんなオフィス内で、S君は頭のキレる優秀な男。
手際見事に銀行職員とやりとり交渉をしている。

結局、支店長出せこの野郎、じゃないけれど、
担当者じゃ話にならない、ボスのところに直訴に行くことになった。全てS君のリードの元に。

結果は残念ながらカードは返って来ないとのこと。
銀行の方針である。支店長の親族でさえ過去にカード廃棄を免れなかったそうだ。
コネが聞かないほど規則は厳密であったのだ。それくらい違法使用が問題化しているからだそうだ。
まあこの件は諦める。彼は十二分にやってくれた。とてもとてもかっこよかった。心からありがたく思った。
もう無理なことを嘆いても仕方ない。


続いて国際送金(ウエスタンユニオン)の受け取りに違う銀行へ向かった3人。
実はこっちが重要なのだ。
クレカに関しては俺&大使館でのべ5回は問い合わせし、既に無理濃厚と分かっていたからいいが、頼みの綱の旅行費の振り込みが”今日”されなければならない。

この翌日早朝に、アテネ行きの飛行機がセットアップされているからだ。
 
朝7時に空港へ向かわねばならないから今日中の入金がなされないとアウトなのだ。
まだまだ気が抜けなかったのはこのためだった。


銀行に着くと、無事(感涙) 入金が済んでいた。

これ以上ない安堵感が眠気を誘う。だめだめだめ。お金の勘定は気を抜いてはいけない。
とはいえ、異国の地で札束の感情は相当な神経を使った。3cm程の束を焦りながら何度も感情。
後ろから刺されるんじゃないか???おいおい。

しかしここはUAE。世界のトップクラスの裕福な国。
犯罪もびっくりするくらい少ない。
金持ちケンカせず、これは真実だった。


ふぅ。。昨日までの背筋が凍るような災難は、これで見事解消が出来た。
相棒さんにすぐさま連絡。ホッと胸をなで下ろせた。
まだ問題はでも残っていた。飛行機の便の変更連絡や泊まれなくなった各ホテルへの電話連絡など。
それは部屋に戻ってから心配することにし、まずは大使館にお金を返しに行かなくちゃいけない。

大使館は割と近くですぐたどり着いた。
道中、びっくりするレベルの豪邸が建ち並ぶ。
S君曰く、これは庶民レベルのレジデンスだよ、だって。
ほんまもんの豪邸は日本人の想像レベルを遙かに超えていました。
何もかもやんなっちゃうくらいキングダムでしたよ。

白い大理石の日本大使館。

せっかくだからS君もY君も同席したい、と3人で入場Passをもらい、首から提げる。
お借りしたお金をしっかり返還し、軽い談笑を済ませ、心の底から大使館の方々お礼を申し上げた。
公務とはいえ、~決して大げさじゃないと思う~、命を救ってくれた素晴らしい大使館職員さんたちとお別れする。

過ぎ去ってゆく大使館の建物を眺めながら、ホロホロしてしまった。
彼ら職員さんは、いったい何人の途方にくれたトラベラーを救って下さったのだろう。
敬意に値する仕事だと思った。
わずか二日の間にこれだけ大勢の人から心底助けられる事って人生に何度もないよね。

そう思えば思うほど、この旅は単なる旅行じゃない気がしていた。
うまくいえないけど神秘的な感覚を抱き始めていた。


さて、ドバイ観光だ!!!!
一人浮かれるわけでなく、二人の友人もすごく楽しげだったから余計に楽しみが倍増。
気を使われて案内されてる風じゃないから気兼ねなく俺も同席出来る。
いい感じ~~~~。







ブルジュ・ハリーファは世界一の高層ビル。
この冬公開されるトム・クルーズ主演の
ミッション・インポッシブルでも舞台になっているそう。




豪華な豪華な噴水ショー
(残念ながら見れなかったので他の方の撮られた動画を↓)




贅沢なモール群


巨大水族館のパノラマ




 
名前は覚えきれなかったけどドバイに詳しい方ならピンと来るのだろうな、観光客でいっぱいでした。
写真もいっぱい撮れたし、アホみたいに暑い中、アイスが美味しい美味しい!
もう見応え十分でした。アテネのストライキが無ければ俺のドバイ観光が発生しなかったわけだし
無理矢理アブダビ行きを2日早めなければYちゃんに会っていないし、当然S君にも会う事も無かった。
びっくりするほどの妙縁。全てが絡み合って相乗効果を発揮している気がした。
ストが無くクレカが飲み込まれてなければ、ごくごく予定通りの旅になっていたんだから。
すごくアラブ首長国連邦に愛着が沸いたので、アブダビ発アテネ行きの便を一日後ろにずらす決意をした。
それをS君とYちゃんに伝えると、びっくりするくらい喜んでくれた。


アブダビに戻ってから、真っ白な荘厳なモスクへ連れてってもらい、
そこで人生初のムスリム式で足・首・口・頭を洗い、Prayする荘厳な間に入った。
この体験は一生忘れる事はないだろう。それくらい圧倒され、神に触れる思いをした。



一日5回するお祈り、時間的に出来なかった時はまとめて複数回お祈りをするということを知った。
お祈りの姿勢、何回腰を折るかもお祈りの時間帯で違うんだということも知った。

そういう説明をしてくれるS君のとても素直で真摯な表情が印象的であった。

飛行機の中でお祈りしてる人も見たし、ドバイのモールにpray roomがあって次々とイスラム教の市民たちが続々入ってゆくシーンもしばらく様子を眺めた。急きょのUAE滞在はもの凄くイスラムの雰囲気に近づけた貴重な体験になった。






この日は3人ともめいっぱい遊んで疲れ、すごく美味いイエメン料理を食べた後、それぞれ眠りについた。




一つ自信があるのは、3人の中で俺が一番爆睡したであろうという事だった。
それくらい実のある一日だった。やっと軌道修正出来る!!!!
みんなに感謝して涙がボロボロ出ていた。
こうして一旦かなり遠ざかっていたギリシャがまた現実味を帯び始めていたのです。
 
これを奇跡と言わずして何と言う!!



つづく


この日のドバイ・アブダビ観光写真を全て見るにはこちらをクリック!








【エーゲ旅行記】新たな展開

2011年10月5日 夕方

大使館の方が帰られ、やっとホテルの自室に入る。



この瞬間の気持ちは言葉では絶対表せない。
いろんな感情がうずまいて、すごい変な表情だったと思う。
喜怒哀楽、全て。歓喜と絶望が一緒のような。

とにもかくにも、新千歳でアテネ空港の突然の閉鎖を聞いて以来、
29時間ぶりにホッと出来たのだ。29時間の緊張状態はかなり来た。
初日に寝坊するから天罰が来たのであろう。
ホテルでWi-Fi接続と何本もの国際電話。
まだまだ落ち着けない。忙しくてたまらない。
調整しなければいけないことはまだまだあった。


えと、これ旅行だったっけ、んー何かの訓練???とかなんとか思って悪態つきながら。
死にそうになっていた時に相棒が必死にコンタクトを取ってくれた事に心から安堵感を覚えた。

見知らぬ国の見知らぬ空港で徘徊している時に突然iPhoneが鳴った。
聞き慣れた声。何という奇跡。感極まって泣きわめく俺。
本当、打たれ弱い自身に嫌気を覚えながら・・・笑

でも英語をある程度修得してきた事がここでこれほど役にたつなんて。
心から思った。努力は決して無駄にならんなと。
それを思い、最大の危機の中でも微笑みが出てくる余裕もあった。
こんな所で負けてたまるか、という思いもあった。

そうこう前半戦を振り返りつつ、心身疲労が極限に達し、
このまま コテンと爆睡しそうになっていた時に、



奇跡のメールが届いた。





飛行機でお世話になったアテンダントさんからだった。
遅延ばかりのメーラーだったけど、届いてくれるのは本当に助かる。
お食事のお誘いであった。ただし! 彼と一緒に行くのですが同席しませんか?


あははは。やはり物事、都合良く取らない方がいいという経験が当たっていた (笑


嬉しいお誘いなので、相当くたびれて死にそうであったけどお誘いを受けてみることにした。

待ち合わせ時間にホテル前でアテンダントさん(今後Yちゃんとします)
の彼氏さん(今後S君とします)が目の前に現れて握手を求めて来た。

もの凄いハンサムガイ。アラブ系のイケメン。言うまでもなくYちゃんも美人。
世の中うまく出来ている訳ですね!

この二人との出会いがこの後、史上最悪ちっくな前半旅行を、史上最高にしてくれる訳なのです。
素敵なアラブ料理を堪能させてくれ、生まれて初の水タバコ。これ以上望めない最高のおもてなしをこの夜頂けた。

 レストランから眺める夜景


  シーシャと呼ばれる水タバコ
(超美味!!!)


何とも嬉しいことに、S君の友達がアブダビの各銀行に勤めているので、
友人ネットワークを活用してくれ、もう二度と手元に戻るはずもないクレカを
みんなで明日取り返しに行くとぞ!! という頼もしい提案が!!!!

銀行直訴の後に、その足で国際送金を受け取りに行き、
その後に大使館に借りていたお金を返却に行かないか?と。

さらにその後みんなでドバイへドライブに出かけないか?というサプライズ付き!!

あまりにも素敵すぎて笑いが止まらなかった。まさに捨てる神あれば拾う神ありだった。

イスラム教ではお酒が禁止されているので、みんなでスプライトを飲んでいたが、
これ以上無い嬉しい知らせと、どっと肩の荷が下りた気持ちがして、
不思議とサイダーでほろ酔い加減になっていた。
サイダーでこんなにも笑い上戸になれるんですねっ!


この時点で旅行2日目。信じられないほどのジェットコースター的な展開です!




つづく




【エーゲ旅行記】大使館の奇跡

2011年10月5日 正午過ぎ

大使館の中はなぜか優しさに包まれている錯覚がした。

なぜなら、確実に助けてくれるかのようなオーラがあったからだ。
日本国旗が威厳を持っている。



さっき電話で応対してくれた女性職員さんは、素敵な現地の衣装をまとっていた。
にこやかな笑顔。これだけで8時間空港で徘徊していた甲斐があったというものだ。
途切れぬ8時間の緊張状態。少しだけ糸がほぐれた。

一緒にお偉い方が同席してくださって、事情を確認しその日泊まるホテルを大使館のツケで予約をしてくださった。
当面のお小遣い、ホテルまでの送迎。
当日即入金が出来る国際送金の方法も知らせてくれ、この手段がこの後の旅の修正に大いに役立ってくれることになる。
相棒や身内にはしんどい面倒事をかけてしまったが、何とか送金作業を急いでもらえた。

アブダビ出発が、2日後。
飛行機の便を遅らせることは出来ない。それまでに入出金をアブダビ国内で済ませられないとアテネに着いてから出金は出来ない。
ギリシャでも大使館のお世話になる事は避けたい。

そもそも飛行機の旅程を変えると違約金?等々が生じるおそれがあって、
せっかくの格安航空券セットが 「超割高」 正規料金になられたら元も子もない。

○○してはいけない、の制約が付きまとう中での旅程修正。
いったいなんでこんな目に・・・と思いながらも、しなくてはいけないから仕方がない。

アテネのストライキのせいで、ギリシャ好き男が、ギリシャ憎悪男に落ち掛けていた・・・
観光立国がそんなことしたらダメだろ。だから財政破綻するんだよ。
このブログの草稿を書いている時点で、パルテノン神殿が閉鎖されているそうだ。
 大規模デモのせいで。先が思いやられる・・

とにもかくにも、ホテルは大使館の方が送って下さって、2泊滞在でチェックイン代行をして下さった。







ホッとした。これで寝る場所が確保出来た・・・お小遣いでやっと水も買える。
喉が渇きすぎて口の中がぺったり密着していた。極度のストレス状態と、このクソ暑さのせいだ。

でもまだ心配事がある。明日国際送金、無事に完了させられるだろうか。今夜は眠れるのだろうか。
明日の朝8時半に大使館の人が迎えに来てくれ、国際送金の受け取り銀行まで立ち会ってくれると約束してくれた。
どこまで親切丁寧なのだろうか。「非常に良い」の★10個でも足りない。


この夜は爆睡するつもりだった。この直後に受信するメールを読むまでは!!



つづく



【エーゲ旅行記】 絶望

2011年10月5日 早朝4時

にわかにATMの周りに人が集まってきた。

慌ただしくしている俺に、どうしたどうした?と日本人ツアー客が集まっている。
事情を説明した。
「カードが吸い込まれて出てこなくなったんです。」
皆さん同情の顔をしてくれるも、打つ手はずも見あたらず静かに見ている。
中には数人の人たちが親切にアドバイスをくれる。

「あの窓口に聞いてみたら?」
「あそこに行ったらいい」
「うちの添乗員に尋ねたらいい。」
「代わりに呼んで来ようか?あなたはATMの前で待っている方がいい。」

HISの添乗員さんが遠くから、ワッシワッシ近寄ってくる。救いの神に見えた。
いわば旅のプロ、幾度も観光客のトラブルを解決して来たに違いない。
そうだ、それがプロなのだ。
一方、俺は単なるエーゲオタクであり、アブダビも旅行もど素人だ。

添乗員が近づいた。

あれ、えと、ええ??
さっきまで12時間俺の横に座っていた男性ではないかっ!



んんんん何という妙縁。
そうです。この旅は妙縁が常に付きまとう旅。
しかしながら座席にいる頃から知っていたけど
この男性はすっとんきょうなところがある。

結局、あまり助けてはくれなかった。
飛行機内で何回もトイレにいくたび、彼を席から立たせてしまったからか、
寝ている時の俺の鼻息がうるさかったからなのか、
何だか知らないけど、結構飛行機内でしゃべったのだけど、
彼は仕事でここに来てる。彼の仕事は、彼のお客を誘導することが最優先なのだ。
見知らぬ隣人を助けるために給料を貰っている訳ではない。
ましてやトイレの近い嫌な隣人には特に。
まさに悪い想像どおり進んだ。彼らはすぐに去った。
 
でも同じHISの女性添乗員さんが、見るに見かねたか、
去り際にいくらか入ったテレフォンカードと、現金20ディルハムを手渡してくれた。
この女性は何があっても帰国後にお礼をしなくてはいけない。
なぜならこの女性のくれたテレフォンカードが、この後に救いの一助になってくれたからだ。


この時点で朝5時。辺りに人だかりはたくさんあった。
みな賑やかで楽しそうに見えた。みなHappyに見えた。
俺以外は・・・・・・・・

今、スターバックスの3m側にいる。でもスタバの席には座れない。



20円でどこの国のスタバに入れるというのだろうか。
幸いにして弱波ではあるけれど、空港内に飛んでいる無料Wi-Fiに接続出来た。
これが厄介であり、ネットに繋がったり切れたりを繰り返す。
でも無いよりはマシ。何せ、唯一の接点。メール連絡だけが生命線になっていた。

回線はISDNかっ!このやろ 笑
進むを押しても、戻るを押しても、ページが開くのには10秒かかる。
間違ってボタンを押そうには、元に戻るまで20秒ロスする。
気持ちだけが焦る。いったいどこに連絡すべきか、いったい何をすべきか。
人生でこんなに頭が真っ白になったことは無かった。
とにかく、死ぬほどサバイバルという言葉が身に降りかかっていた。

旅行に慣れている人は、おまえが悪いんだよ、と一蹴するだろう。
そういう事だと自分でも分かっていた。だから余計に腹立たしかったし、泣けても来た。
しかしいくら頭を整理しようとも、孤独で誰とも繋がらず、所持金たった20円でアラブにいる。
唯一のクレカ(Bookingに絶対必要だし旅費が全部入ってる)が帰ってこない。

電話しても、ATM会社は飲み込んだカードは返却しないと言う。
そんなバカな話あるわけないだろ、鍵あけたら中にカード収まってるだろ、と
思うのはこれ、日本の常識であって世界の常識ではない。
外国に一歩踏み入れた瞬間に味わう、カルチャーギャップであった。
夜が明け、人だかりが増し、いろんな国から旅行者が俺のじっと待機してるポイントを過ぎてゆく。
日が出てくると気のせいではない、温度も上がってきた。じわじわと汗ばんでくる。
この間、4回ATM会社にしつこく電話をした。
何度も言われた。I am very sorry for that, but I have nothing I can do for you. ツーツーツー。
切られる訳だ。


絶望でいっぱい。何も出来ぬまま、この時点で事態は進展せぬまま空港で5時間過ごす。
エーゲ海へ行く事はこの際どうでも良くなっていた。帰国すら危ういと思っていた。
んーーこのトラブルをどうやったら楽しめるだろうか、と無理矢理ポジティブに思うようにした。
がしかし、15分おきにそのパッションは電池切れする。また絶望がやってくる。
この繰り返しが永遠に続くと思えた。負けるもんかこの野郎!自分を叱咤激励する。

アブダビの公衆電話は使い方が良く分からない。何度試してもエラーで通話不能になった。
何十回同じ操作をし続けた事だろうか。電話機に書いてあるとおりに操作をしているはず。
気がつけば電話ボックスで大声で怒鳴ってる自分がいた。周りの人は変なアジアンだなと思った事だろう。


そうだ!!飛行機内でアテンダントさんからもらったヘルプメルアドがあるじゃないか!!!
何という奇跡!思いついてすぐさまメールで必死ですがった。
弱波wi-fiはメール受信が前後し、届いたり届かなかったり、送れたり送れなかったりしていた。(後で判明)
それでも一筋の光明であるには違いない。必死でしがみついた。日本の相棒にも何度も連絡をした。

時差は怖い。あれこれ支障があった。
次に大使館に頼る事をひらめいた。すぐにサーチし電話をかける。この時のテレフォンカードは何よりも強い味方と感じた。
ただし残金わずか。いつ切れるか分からない。
大使館の女性職員の方は本当に親切だった。大使館の人がこんなに親身なんだと初めて体験した。
この方にコンタクトを取っていなければ、映画「ターミナル」のトムハンクスのように空港内で野宿していただろう。

大使館職員さんいわく、「返却しないとは妙ですね」
「ATM会社にカードを取り返せるかどうか連絡してみます。」
と言ってくださった。結果連絡は唯一の連絡手段の俺のメルアド宛になった。
(後日分かったけれど このメールは結局届いていない。Wi-Fiめ!)

「11時になっても連絡がなければ再度電話してください」、と言われていたので、
ただただひたすら祈りながら2時間をつぶすことにした。

不思議な物で、絶望的孤独感から若干解放され始めると、これまで全く視野に入っていなかった周りの喧噪や、人々の動き、周りの美しい景色が目に入ってきた。
じーーと空港職員の作業ぶりを観察したり、そうした労働者たちと、白衣をまとった上流階級の人たちを比較してみたり、あれこれ眺めていろんな事を感じ取った。
自分が今、初めてアラビア国家にいるんだ、と自覚が始まった。

階級社会。8割が外国からやってくる労働者だそうだ。
何人かと話した。みなフランクで気さくだった。このクソ暑い中で長袖長ズボンの作業着で。





さて、待ちに待った11時になった。メールは届いていなかったので、また大使館に電話をする。
さっきの親切な女性職員さんの声が本当に救いの神に思えた。
この後も書くけれど、大使館職員さんは全員親切。とにかく信じられないくらい親切。

「メールは送りましたが届いてませんでしたか?そうですか、それでしたら、私の主人が空港で働いております。彼をケニーさんのところに向かわせます。タクシーを手配したので大使館までまずいらしてくださいね」
電話口の先で微笑んでいる表情が見えた。よしこの方を頼ろう。これしかないんだ・・・

待ち合わせの場所に、ご主人が現れた。
勝手に想像していたのは空港勤務の労働者風の男性だったのだけど、
現れたご主人の風貌は、息を飲んでしまう身なりだった。

アラブ人の高貴で真っ白な衣服をまとっている。
しかもなんて言うか、ロバート・デ・ニーロ風のもの凄い貫禄。(そしてすごくいい匂い)
その彼に誘導されながら、広い広い空港内をタクシー乗り場まで談笑しながら歩く。
「災難だったね。でももう大丈夫だよ。」と、恰幅の良いそのご主人は励ましてくれた。
タクシー乗り場に着いて、ご主人はタクシー運転手に、パッとお金を渡してくれて、行き先は日本大使館だと伝えてくれていた。
ありったけのお礼を伝え、タクシーに乗り込んだ。

思えば、結局アブダビ空港に降りたってから、神経を張り詰めさせたまま8時間も空港内で徘徊した。
新千歳から飛び立って26時間が経過していたことになる。

見知らぬ国の広く大きな道路をタクシー運転手は涼しく飛ばす。
街路樹といえる椰子の木の数が半端ない。おそらく一生分の椰子の木を見た事であろう。強烈な日差しのせいだろう、葉は茶褐色に葉焼けしていた。こんな色はこれまで見たことがなかった。
タクシーの中で運転手にいろいろ尋ねた。
この旅の目的の一つに出来るだけいろんな人に話しかけるというミッションもあったからだ。運転手は英語が辿々しかったがそれでもアブダビの有名スポットや簡単な文化などの情報をゲット出来た。







30分ほどして日本大使館にたどり着いた。






車から降りた瞬間、この国は暑いんだと改めて思い出した。
あまりに暑くて、おえぇっとする熱気。
日差しが肌を刺す。グリル内で焼かれているかのような。
でもこの時期は大分涼しくなったそうだ。夏真っ盛りは50度だというのだから
それはもう想像すらしたくなかった。北国の男には今でも十分過ぎるほど暑すぎる。
何せ、出国の二日前に札幌では一足早く、初雪が降ったのだ。この体感気温差は尋常では無かった。


大使館の重厚な扉をくぐり、真っ白の大理石で出来た、威厳の感じる建物の中に入る。
一生のうち一般人が大使館を出入りする経験、いったい何度あるというのだろう。
そして誰が自分がお世話になると想像したであろう。
そんな風な事を思いながら、重々しい気分と、救いの高揚感と共に、
3つのセキュリティドアをくぐりオフィスへ入った。


つづく