2011年11月5日土曜日

【エーゲ旅行記】大事なミッションとドバイ観光

2011年10月6日

朝7時にS君とYちゃんは迎えに来てくれた。
なんて言う親切な二人。旅先の親切ほど身に染みる物はない!

ところで今日は大事な大事な日。
ギャンブル性がめちゃめちゃ高く、やるべきタスクがたくさんある日。

旅が元通り復旧するかどうかの瀬戸際なのです

最悪全てが無になり、想定外のバカ高い余分なお金を払って失意のどん底で帰国する確率の方が高かった。
だから当然緊張でうまく眠りにつけなかった。もし寝れたら相当な鈍感おバカ者だ。


ものすごい準備時間とプラン練り、旅行用品も大枚はたいて揃えたんだ。
今日で辞めたーーおしまいーー!とは絶対に出来ない。

眠いなんて言ってられません。
当事者の俺はいいとして、彼らはみじめな俺のために早起きして駆けつけてくれている。

眠い顔を悟られないよう元気に”おはよう!!!”をした。

まずATMに吸い込まれたカードを取り返しに、
S君いわく、「Your enemy(笑)」 の銀行の本店らしきでっかいビルへ向かった。

外国のオフィスらしく騒々しい。怒鳴り会ってるかのような上司と部下の仕事のやりとり。
ニッポンではちと見られない光景。言い訳が出来ないと無能であるかのような文化。
端から見ているとどっちが上司か分からない。それくらい張り合っていた。

そんなオフィス内で、S君は頭のキレる優秀な男。
手際見事に銀行職員とやりとり交渉をしている。

結局、支店長出せこの野郎、じゃないけれど、
担当者じゃ話にならない、ボスのところに直訴に行くことになった。全てS君のリードの元に。

結果は残念ながらカードは返って来ないとのこと。
銀行の方針である。支店長の親族でさえ過去にカード廃棄を免れなかったそうだ。
コネが聞かないほど規則は厳密であったのだ。それくらい違法使用が問題化しているからだそうだ。
まあこの件は諦める。彼は十二分にやってくれた。とてもとてもかっこよかった。心からありがたく思った。
もう無理なことを嘆いても仕方ない。


続いて国際送金(ウエスタンユニオン)の受け取りに違う銀行へ向かった3人。
実はこっちが重要なのだ。
クレカに関しては俺&大使館でのべ5回は問い合わせし、既に無理濃厚と分かっていたからいいが、頼みの綱の旅行費の振り込みが”今日”されなければならない。

この翌日早朝に、アテネ行きの飛行機がセットアップされているからだ。
 
朝7時に空港へ向かわねばならないから今日中の入金がなされないとアウトなのだ。
まだまだ気が抜けなかったのはこのためだった。


銀行に着くと、無事(感涙) 入金が済んでいた。

これ以上ない安堵感が眠気を誘う。だめだめだめ。お金の勘定は気を抜いてはいけない。
とはいえ、異国の地で札束の感情は相当な神経を使った。3cm程の束を焦りながら何度も感情。
後ろから刺されるんじゃないか???おいおい。

しかしここはUAE。世界のトップクラスの裕福な国。
犯罪もびっくりするくらい少ない。
金持ちケンカせず、これは真実だった。


ふぅ。。昨日までの背筋が凍るような災難は、これで見事解消が出来た。
相棒さんにすぐさま連絡。ホッと胸をなで下ろせた。
まだ問題はでも残っていた。飛行機の便の変更連絡や泊まれなくなった各ホテルへの電話連絡など。
それは部屋に戻ってから心配することにし、まずは大使館にお金を返しに行かなくちゃいけない。

大使館は割と近くですぐたどり着いた。
道中、びっくりするレベルの豪邸が建ち並ぶ。
S君曰く、これは庶民レベルのレジデンスだよ、だって。
ほんまもんの豪邸は日本人の想像レベルを遙かに超えていました。
何もかもやんなっちゃうくらいキングダムでしたよ。

白い大理石の日本大使館。

せっかくだからS君もY君も同席したい、と3人で入場Passをもらい、首から提げる。
お借りしたお金をしっかり返還し、軽い談笑を済ませ、心の底から大使館の方々お礼を申し上げた。
公務とはいえ、~決して大げさじゃないと思う~、命を救ってくれた素晴らしい大使館職員さんたちとお別れする。

過ぎ去ってゆく大使館の建物を眺めながら、ホロホロしてしまった。
彼ら職員さんは、いったい何人の途方にくれたトラベラーを救って下さったのだろう。
敬意に値する仕事だと思った。
わずか二日の間にこれだけ大勢の人から心底助けられる事って人生に何度もないよね。

そう思えば思うほど、この旅は単なる旅行じゃない気がしていた。
うまくいえないけど神秘的な感覚を抱き始めていた。


さて、ドバイ観光だ!!!!
一人浮かれるわけでなく、二人の友人もすごく楽しげだったから余計に楽しみが倍増。
気を使われて案内されてる風じゃないから気兼ねなく俺も同席出来る。
いい感じ~~~~。







ブルジュ・ハリーファは世界一の高層ビル。
この冬公開されるトム・クルーズ主演の
ミッション・インポッシブルでも舞台になっているそう。




豪華な豪華な噴水ショー
(残念ながら見れなかったので他の方の撮られた動画を↓)




贅沢なモール群


巨大水族館のパノラマ




 
名前は覚えきれなかったけどドバイに詳しい方ならピンと来るのだろうな、観光客でいっぱいでした。
写真もいっぱい撮れたし、アホみたいに暑い中、アイスが美味しい美味しい!
もう見応え十分でした。アテネのストライキが無ければ俺のドバイ観光が発生しなかったわけだし
無理矢理アブダビ行きを2日早めなければYちゃんに会っていないし、当然S君にも会う事も無かった。
びっくりするほどの妙縁。全てが絡み合って相乗効果を発揮している気がした。
ストが無くクレカが飲み込まれてなければ、ごくごく予定通りの旅になっていたんだから。
すごくアラブ首長国連邦に愛着が沸いたので、アブダビ発アテネ行きの便を一日後ろにずらす決意をした。
それをS君とYちゃんに伝えると、びっくりするくらい喜んでくれた。


アブダビに戻ってから、真っ白な荘厳なモスクへ連れてってもらい、
そこで人生初のムスリム式で足・首・口・頭を洗い、Prayする荘厳な間に入った。
この体験は一生忘れる事はないだろう。それくらい圧倒され、神に触れる思いをした。



一日5回するお祈り、時間的に出来なかった時はまとめて複数回お祈りをするということを知った。
お祈りの姿勢、何回腰を折るかもお祈りの時間帯で違うんだということも知った。

そういう説明をしてくれるS君のとても素直で真摯な表情が印象的であった。

飛行機の中でお祈りしてる人も見たし、ドバイのモールにpray roomがあって次々とイスラム教の市民たちが続々入ってゆくシーンもしばらく様子を眺めた。急きょのUAE滞在はもの凄くイスラムの雰囲気に近づけた貴重な体験になった。






この日は3人ともめいっぱい遊んで疲れ、すごく美味いイエメン料理を食べた後、それぞれ眠りについた。




一つ自信があるのは、3人の中で俺が一番爆睡したであろうという事だった。
それくらい実のある一日だった。やっと軌道修正出来る!!!!
みんなに感謝して涙がボロボロ出ていた。
こうして一旦かなり遠ざかっていたギリシャがまた現実味を帯び始めていたのです。
 
これを奇跡と言わずして何と言う!!



つづく


この日のドバイ・アブダビ観光写真を全て見るにはこちらをクリック!








【エーゲ旅行記】新たな展開

2011年10月5日 夕方

大使館の方が帰られ、やっとホテルの自室に入る。



この瞬間の気持ちは言葉では絶対表せない。
いろんな感情がうずまいて、すごい変な表情だったと思う。
喜怒哀楽、全て。歓喜と絶望が一緒のような。

とにもかくにも、新千歳でアテネ空港の突然の閉鎖を聞いて以来、
29時間ぶりにホッと出来たのだ。29時間の緊張状態はかなり来た。
初日に寝坊するから天罰が来たのであろう。
ホテルでWi-Fi接続と何本もの国際電話。
まだまだ落ち着けない。忙しくてたまらない。
調整しなければいけないことはまだまだあった。


えと、これ旅行だったっけ、んー何かの訓練???とかなんとか思って悪態つきながら。
死にそうになっていた時に相棒が必死にコンタクトを取ってくれた事に心から安堵感を覚えた。

見知らぬ国の見知らぬ空港で徘徊している時に突然iPhoneが鳴った。
聞き慣れた声。何という奇跡。感極まって泣きわめく俺。
本当、打たれ弱い自身に嫌気を覚えながら・・・笑

でも英語をある程度修得してきた事がここでこれほど役にたつなんて。
心から思った。努力は決して無駄にならんなと。
それを思い、最大の危機の中でも微笑みが出てくる余裕もあった。
こんな所で負けてたまるか、という思いもあった。

そうこう前半戦を振り返りつつ、心身疲労が極限に達し、
このまま コテンと爆睡しそうになっていた時に、



奇跡のメールが届いた。





飛行機でお世話になったアテンダントさんからだった。
遅延ばかりのメーラーだったけど、届いてくれるのは本当に助かる。
お食事のお誘いであった。ただし! 彼と一緒に行くのですが同席しませんか?


あははは。やはり物事、都合良く取らない方がいいという経験が当たっていた (笑


嬉しいお誘いなので、相当くたびれて死にそうであったけどお誘いを受けてみることにした。

待ち合わせ時間にホテル前でアテンダントさん(今後Yちゃんとします)
の彼氏さん(今後S君とします)が目の前に現れて握手を求めて来た。

もの凄いハンサムガイ。アラブ系のイケメン。言うまでもなくYちゃんも美人。
世の中うまく出来ている訳ですね!

この二人との出会いがこの後、史上最悪ちっくな前半旅行を、史上最高にしてくれる訳なのです。
素敵なアラブ料理を堪能させてくれ、生まれて初の水タバコ。これ以上望めない最高のおもてなしをこの夜頂けた。

 レストランから眺める夜景


  シーシャと呼ばれる水タバコ
(超美味!!!)


何とも嬉しいことに、S君の友達がアブダビの各銀行に勤めているので、
友人ネットワークを活用してくれ、もう二度と手元に戻るはずもないクレカを
みんなで明日取り返しに行くとぞ!! という頼もしい提案が!!!!

銀行直訴の後に、その足で国際送金を受け取りに行き、
その後に大使館に借りていたお金を返却に行かないか?と。

さらにその後みんなでドバイへドライブに出かけないか?というサプライズ付き!!

あまりにも素敵すぎて笑いが止まらなかった。まさに捨てる神あれば拾う神ありだった。

イスラム教ではお酒が禁止されているので、みんなでスプライトを飲んでいたが、
これ以上無い嬉しい知らせと、どっと肩の荷が下りた気持ちがして、
不思議とサイダーでほろ酔い加減になっていた。
サイダーでこんなにも笑い上戸になれるんですねっ!


この時点で旅行2日目。信じられないほどのジェットコースター的な展開です!




つづく




【エーゲ旅行記】大使館の奇跡

2011年10月5日 正午過ぎ

大使館の中はなぜか優しさに包まれている錯覚がした。

なぜなら、確実に助けてくれるかのようなオーラがあったからだ。
日本国旗が威厳を持っている。



さっき電話で応対してくれた女性職員さんは、素敵な現地の衣装をまとっていた。
にこやかな笑顔。これだけで8時間空港で徘徊していた甲斐があったというものだ。
途切れぬ8時間の緊張状態。少しだけ糸がほぐれた。

一緒にお偉い方が同席してくださって、事情を確認しその日泊まるホテルを大使館のツケで予約をしてくださった。
当面のお小遣い、ホテルまでの送迎。
当日即入金が出来る国際送金の方法も知らせてくれ、この手段がこの後の旅の修正に大いに役立ってくれることになる。
相棒や身内にはしんどい面倒事をかけてしまったが、何とか送金作業を急いでもらえた。

アブダビ出発が、2日後。
飛行機の便を遅らせることは出来ない。それまでに入出金をアブダビ国内で済ませられないとアテネに着いてから出金は出来ない。
ギリシャでも大使館のお世話になる事は避けたい。

そもそも飛行機の旅程を変えると違約金?等々が生じるおそれがあって、
せっかくの格安航空券セットが 「超割高」 正規料金になられたら元も子もない。

○○してはいけない、の制約が付きまとう中での旅程修正。
いったいなんでこんな目に・・・と思いながらも、しなくてはいけないから仕方がない。

アテネのストライキのせいで、ギリシャ好き男が、ギリシャ憎悪男に落ち掛けていた・・・
観光立国がそんなことしたらダメだろ。だから財政破綻するんだよ。
このブログの草稿を書いている時点で、パルテノン神殿が閉鎖されているそうだ。
 大規模デモのせいで。先が思いやられる・・

とにもかくにも、ホテルは大使館の方が送って下さって、2泊滞在でチェックイン代行をして下さった。







ホッとした。これで寝る場所が確保出来た・・・お小遣いでやっと水も買える。
喉が渇きすぎて口の中がぺったり密着していた。極度のストレス状態と、このクソ暑さのせいだ。

でもまだ心配事がある。明日国際送金、無事に完了させられるだろうか。今夜は眠れるのだろうか。
明日の朝8時半に大使館の人が迎えに来てくれ、国際送金の受け取り銀行まで立ち会ってくれると約束してくれた。
どこまで親切丁寧なのだろうか。「非常に良い」の★10個でも足りない。


この夜は爆睡するつもりだった。この直後に受信するメールを読むまでは!!



つづく



【エーゲ旅行記】 絶望

2011年10月5日 早朝4時

にわかにATMの周りに人が集まってきた。

慌ただしくしている俺に、どうしたどうした?と日本人ツアー客が集まっている。
事情を説明した。
「カードが吸い込まれて出てこなくなったんです。」
皆さん同情の顔をしてくれるも、打つ手はずも見あたらず静かに見ている。
中には数人の人たちが親切にアドバイスをくれる。

「あの窓口に聞いてみたら?」
「あそこに行ったらいい」
「うちの添乗員に尋ねたらいい。」
「代わりに呼んで来ようか?あなたはATMの前で待っている方がいい。」

HISの添乗員さんが遠くから、ワッシワッシ近寄ってくる。救いの神に見えた。
いわば旅のプロ、幾度も観光客のトラブルを解決して来たに違いない。
そうだ、それがプロなのだ。
一方、俺は単なるエーゲオタクであり、アブダビも旅行もど素人だ。

添乗員が近づいた。

あれ、えと、ええ??
さっきまで12時間俺の横に座っていた男性ではないかっ!



んんんん何という妙縁。
そうです。この旅は妙縁が常に付きまとう旅。
しかしながら座席にいる頃から知っていたけど
この男性はすっとんきょうなところがある。

結局、あまり助けてはくれなかった。
飛行機内で何回もトイレにいくたび、彼を席から立たせてしまったからか、
寝ている時の俺の鼻息がうるさかったからなのか、
何だか知らないけど、結構飛行機内でしゃべったのだけど、
彼は仕事でここに来てる。彼の仕事は、彼のお客を誘導することが最優先なのだ。
見知らぬ隣人を助けるために給料を貰っている訳ではない。
ましてやトイレの近い嫌な隣人には特に。
まさに悪い想像どおり進んだ。彼らはすぐに去った。
 
でも同じHISの女性添乗員さんが、見るに見かねたか、
去り際にいくらか入ったテレフォンカードと、現金20ディルハムを手渡してくれた。
この女性は何があっても帰国後にお礼をしなくてはいけない。
なぜならこの女性のくれたテレフォンカードが、この後に救いの一助になってくれたからだ。


この時点で朝5時。辺りに人だかりはたくさんあった。
みな賑やかで楽しそうに見えた。みなHappyに見えた。
俺以外は・・・・・・・・

今、スターバックスの3m側にいる。でもスタバの席には座れない。



20円でどこの国のスタバに入れるというのだろうか。
幸いにして弱波ではあるけれど、空港内に飛んでいる無料Wi-Fiに接続出来た。
これが厄介であり、ネットに繋がったり切れたりを繰り返す。
でも無いよりはマシ。何せ、唯一の接点。メール連絡だけが生命線になっていた。

回線はISDNかっ!このやろ 笑
進むを押しても、戻るを押しても、ページが開くのには10秒かかる。
間違ってボタンを押そうには、元に戻るまで20秒ロスする。
気持ちだけが焦る。いったいどこに連絡すべきか、いったい何をすべきか。
人生でこんなに頭が真っ白になったことは無かった。
とにかく、死ぬほどサバイバルという言葉が身に降りかかっていた。

旅行に慣れている人は、おまえが悪いんだよ、と一蹴するだろう。
そういう事だと自分でも分かっていた。だから余計に腹立たしかったし、泣けても来た。
しかしいくら頭を整理しようとも、孤独で誰とも繋がらず、所持金たった20円でアラブにいる。
唯一のクレカ(Bookingに絶対必要だし旅費が全部入ってる)が帰ってこない。

電話しても、ATM会社は飲み込んだカードは返却しないと言う。
そんなバカな話あるわけないだろ、鍵あけたら中にカード収まってるだろ、と
思うのはこれ、日本の常識であって世界の常識ではない。
外国に一歩踏み入れた瞬間に味わう、カルチャーギャップであった。
夜が明け、人だかりが増し、いろんな国から旅行者が俺のじっと待機してるポイントを過ぎてゆく。
日が出てくると気のせいではない、温度も上がってきた。じわじわと汗ばんでくる。
この間、4回ATM会社にしつこく電話をした。
何度も言われた。I am very sorry for that, but I have nothing I can do for you. ツーツーツー。
切られる訳だ。


絶望でいっぱい。何も出来ぬまま、この時点で事態は進展せぬまま空港で5時間過ごす。
エーゲ海へ行く事はこの際どうでも良くなっていた。帰国すら危ういと思っていた。
んーーこのトラブルをどうやったら楽しめるだろうか、と無理矢理ポジティブに思うようにした。
がしかし、15分おきにそのパッションは電池切れする。また絶望がやってくる。
この繰り返しが永遠に続くと思えた。負けるもんかこの野郎!自分を叱咤激励する。

アブダビの公衆電話は使い方が良く分からない。何度試してもエラーで通話不能になった。
何十回同じ操作をし続けた事だろうか。電話機に書いてあるとおりに操作をしているはず。
気がつけば電話ボックスで大声で怒鳴ってる自分がいた。周りの人は変なアジアンだなと思った事だろう。


そうだ!!飛行機内でアテンダントさんからもらったヘルプメルアドがあるじゃないか!!!
何という奇跡!思いついてすぐさまメールで必死ですがった。
弱波wi-fiはメール受信が前後し、届いたり届かなかったり、送れたり送れなかったりしていた。(後で判明)
それでも一筋の光明であるには違いない。必死でしがみついた。日本の相棒にも何度も連絡をした。

時差は怖い。あれこれ支障があった。
次に大使館に頼る事をひらめいた。すぐにサーチし電話をかける。この時のテレフォンカードは何よりも強い味方と感じた。
ただし残金わずか。いつ切れるか分からない。
大使館の女性職員の方は本当に親切だった。大使館の人がこんなに親身なんだと初めて体験した。
この方にコンタクトを取っていなければ、映画「ターミナル」のトムハンクスのように空港内で野宿していただろう。

大使館職員さんいわく、「返却しないとは妙ですね」
「ATM会社にカードを取り返せるかどうか連絡してみます。」
と言ってくださった。結果連絡は唯一の連絡手段の俺のメルアド宛になった。
(後日分かったけれど このメールは結局届いていない。Wi-Fiめ!)

「11時になっても連絡がなければ再度電話してください」、と言われていたので、
ただただひたすら祈りながら2時間をつぶすことにした。

不思議な物で、絶望的孤独感から若干解放され始めると、これまで全く視野に入っていなかった周りの喧噪や、人々の動き、周りの美しい景色が目に入ってきた。
じーーと空港職員の作業ぶりを観察したり、そうした労働者たちと、白衣をまとった上流階級の人たちを比較してみたり、あれこれ眺めていろんな事を感じ取った。
自分が今、初めてアラビア国家にいるんだ、と自覚が始まった。

階級社会。8割が外国からやってくる労働者だそうだ。
何人かと話した。みなフランクで気さくだった。このクソ暑い中で長袖長ズボンの作業着で。





さて、待ちに待った11時になった。メールは届いていなかったので、また大使館に電話をする。
さっきの親切な女性職員さんの声が本当に救いの神に思えた。
この後も書くけれど、大使館職員さんは全員親切。とにかく信じられないくらい親切。

「メールは送りましたが届いてませんでしたか?そうですか、それでしたら、私の主人が空港で働いております。彼をケニーさんのところに向かわせます。タクシーを手配したので大使館までまずいらしてくださいね」
電話口の先で微笑んでいる表情が見えた。よしこの方を頼ろう。これしかないんだ・・・

待ち合わせの場所に、ご主人が現れた。
勝手に想像していたのは空港勤務の労働者風の男性だったのだけど、
現れたご主人の風貌は、息を飲んでしまう身なりだった。

アラブ人の高貴で真っ白な衣服をまとっている。
しかもなんて言うか、ロバート・デ・ニーロ風のもの凄い貫禄。(そしてすごくいい匂い)
その彼に誘導されながら、広い広い空港内をタクシー乗り場まで談笑しながら歩く。
「災難だったね。でももう大丈夫だよ。」と、恰幅の良いそのご主人は励ましてくれた。
タクシー乗り場に着いて、ご主人はタクシー運転手に、パッとお金を渡してくれて、行き先は日本大使館だと伝えてくれていた。
ありったけのお礼を伝え、タクシーに乗り込んだ。

思えば、結局アブダビ空港に降りたってから、神経を張り詰めさせたまま8時間も空港内で徘徊した。
新千歳から飛び立って26時間が経過していたことになる。

見知らぬ国の広く大きな道路をタクシー運転手は涼しく飛ばす。
街路樹といえる椰子の木の数が半端ない。おそらく一生分の椰子の木を見た事であろう。強烈な日差しのせいだろう、葉は茶褐色に葉焼けしていた。こんな色はこれまで見たことがなかった。
タクシーの中で運転手にいろいろ尋ねた。
この旅の目的の一つに出来るだけいろんな人に話しかけるというミッションもあったからだ。運転手は英語が辿々しかったがそれでもアブダビの有名スポットや簡単な文化などの情報をゲット出来た。







30分ほどして日本大使館にたどり着いた。






車から降りた瞬間、この国は暑いんだと改めて思い出した。
あまりに暑くて、おえぇっとする熱気。
日差しが肌を刺す。グリル内で焼かれているかのような。
でもこの時期は大分涼しくなったそうだ。夏真っ盛りは50度だというのだから
それはもう想像すらしたくなかった。北国の男には今でも十分過ぎるほど暑すぎる。
何せ、出国の二日前に札幌では一足早く、初雪が降ったのだ。この体感気温差は尋常では無かった。


大使館の重厚な扉をくぐり、真っ白の大理石で出来た、威厳の感じる建物の中に入る。
一生のうち一般人が大使館を出入りする経験、いったい何度あるというのだろう。
そして誰が自分がお世話になると想像したであろう。
そんな風な事を思いながら、重々しい気分と、救いの高揚感と共に、
3つのセキュリティドアをくぐりオフィスへ入った。


つづく



【エーゲ旅行記】最大の災難が訪れる

2011年10月4日 21時

成田発 アブダビ行きの機内はやけに騒々しかった。
飛行機は何度も乗っているが、こんなに騒がしいのは初めてだ。
映画に出てくるような、緊急アナウンスが入る。
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」

間もなく、運ばれていく患者、それに続くアテンダント、医者。
なんと俺の後ろの夫婦が医者だった。
お陰で出発そうそう席の背もたれを十分に倒すことが出来た。

長旅。12時間。狭い席。息苦しくてめまいがした。
でも無事乗り込めた安堵感で、少しだけ今日起こった事を冷静に振り返れた。
寝坊、バスまでのダッシュ、急な欠航とアテネ空港のストライキ、便の変更・・・無一文状態。
なにせ寝坊したもので銀行にも立ち寄れず、財布には日本円も無い始末。これが旅行初心者のよくやる失態なのでしょう。
旅行を完璧ナメていたというケースなんだろうな。
早々に腕時計とiPhone、デジカメ、タブレットPCの時刻をアブダビ時間に合わせておいた。

また緊急アナウンスが入る。「機内では禁煙です。」何度も繰り返していた。
たまたま横に座っていた人がHIS添乗員で、彼は慌ただしく何度も席を立ったり座ったり、同業者と思わしき人がやって来ては、コソコソとなにやら打ち合わせをしている。

聞き耳を立ててみた。
どうやらHISツアー客の一人がトイレでタバコを吸い、
それだけならいい物の、アテンダントに食ってかかったそうだ。
で、何やら話によるとパスポート没収やら、逮捕やら、ブラックリスト入りやら
何だか面倒な内容が聞こえてきた。

世の中いろいろあるねぇ・・・と思いながら夕食を取った後、少しだけ眠りに落ちていた。
気づいたら4時間くらい経過していて、飛行機は上海上空あたり、とにかく喉が乾いて死にそうだった。
機内後部のアテンダントの控え場へ飲み物を貰いに行く。
Can I have some water please?
Sure
水を貰う。もう一杯?と聞かれ、更にもらう。

ありがとう、と席に戻り、やっと静かになった飛行機で、アテネの空港ストライキのせいで予定変更しなくてはいけない予約等々と考えていた。
例えば、アテネ発ミコノス行きの飛行機の欠航のこと。
(これはストライキのせいなのだから無償で他日に振り替えしてくれるだろう)
後は、ミコノス到着日が遅れるので、初日に泊まるはずだったホテルのキャンセル連絡や、
その翌日に泊まるホテルへ到着日遅延の知らせ(これは3泊分既に支払っているから初日分は没収される)
後は、アブダビに到着してから予約するホテルはすぐ見つかるだろうか?などなど。


更に数時間経って、また劇的に喉が乾く。さきほどのアテンダント控え場へ向かう。
シュッとした黒人の男性アテンダントが、長い足を組み、かっこよく座っていた。
彼に話しかけ、水をもらってからしばし談笑。「どこから来た?アブダビには泊まるの?」となったので、これはグッドタイミングと思い、「急遽アブダビ泊しなければならないのだけど、安くてWiFiの通じるホテルで良いところ知りませんか?」
と尋ねてみると、もの凄い親切。いろいろ教えてくれてメモを書いてくれる。
「日本人アテンダントもいるよ。今来るから待ってごらん」


数分後にその日本人アテンダントが現れた。
その女性アテンダントもびっくりするくらい親切で、ずらっとホテルリストや観光場所へのアクセスなど手書きのメモを用意してくれ手渡してくれた。
「ざっと説明しますね、一緒に座りましょう?」、と二人がけの密着系イスを勧められる。
何と!この後耳を疑う一声が飛び込んでくる。「良かったらお食事でもご一緒しませんか?」
えと、この旅すごくドラマチックなんですが、、、と思いつつ自分の都合良く取るのを辞めたおじさんにはあまり動揺は無かった。
嘘です。

電話番号とメルアドまで書き添えてくれ、困ったことがあったらいつでも連絡してくださいとある。
そして「私は明日お休みなのです。自宅がアブダビにあるので何かと詳しいですよ」と。
ん~~。ええええ???この話、帰国後に知り合いに話しても誰も信じてくれないだろうなぁ。「話を盛ってるだろ!?」と言われておしまいだろう。

お礼を伝え、俺の連絡先を伝え席に戻る。
それからの数時間は、寝たり起きたりを繰り返し、思えば案外早く過ぎ去った12時間。
前半のけだるさが、後半のお食事のお誘いの件で一気にテンションが上がり、気がつけばインド上空をとっくに過ぎ去っていた。
男はきっとお爺さんになっても単純なのでしょう。

さて、機内アナウンスで「間もなくアブダビに到着です」とのことで、おなじみの現地の気温や時刻の案内があった。
着陸衝撃もなく、すっとランディングしアラブ首長国連邦にたどり着いた。
Arrivalでは見慣れぬアラビア語を見かけながら異国情緒と同時に、少しかの不安を感じつつ手荷物受け取り所へ向かった。




朝4時。眠いんだか眠くないんだかの不思議な感覚。
トランクを受け取った後、まず建物の外に出てみた。



信じられないくらいの、ムワッとした熱気を体感した。
出口を出た瞬間にメガネが曇り、視界が遮られた。
そして3秒もしたら、汗汗汗、吹き出す汗。
おでこからも鼻からも足からも脇からも、吹き出す吹き出す。
早朝4時でこうなら、日中は一体どうなるのだろうか。
しばらく写真撮影しながら、この暑さを味わっていた。
北国の男にはちと酷であるが、郷に入れば郷に従えである。
そうしたら、出口から日本人らしき男性が出てきた。
気のよさそうな男性だったので、声を掛けてみる。
 
Hello Are you Japanese?
  No
聞けばフィリピン人だった。
10分くらい談笑した。日本人なのに(くせに?)英語うまいじゃん、と誉められ少し気を良くした。
友達が迎えに来るのを待っているという。
数分後、彼の友人がやって来て、3人で紹介をし合った。

二人とも気のいい人たちで、もの凄く打ち解け合ったのだけど、残念。彼らは時間が来たので旅立った。
最後は二人と堅い握手。彼らはすぐさまドバイへ向かうという。
See ya soon in Dubai maybe tomorrow! と別れる。
うーん!幸先いいぞ。旅は楽しい!て素直に思えた。


空港館内へ戻り、さて喉が乾いた
目の前にスタバがある。
その前に、手持ちが無いから、まずはATMから現金を引き出して、カフェのWiFiを使って今日からの2泊分のホテル予約をしなくては!
今は日本円で20円しか持っていない。おいおい。旅行ど素人め 苦笑
仕方がない。出発日の寝坊とアテネ空港のストライキでの航空便の二転三転。
あれこれやってるうちに両替所も閉まってしまっていたのだ。


不幸まであと5分。カウントダウンが始まっていた。


いくつかあるATMで、日本人らしき団体がたむろっていたので興味本位で近寄ってみる。
やはり日本人だった。日本人はチーム行動が好き。
ごめん。中国人にはかなわないか。
何人かに声をかけてみる。異国の地で母国語を話せる事は一瞬ホッとする。
そしてやはり連帯感も。うん、俺も多分に漏れず日本人なんだな。と実感。


さてATMにカードを突っ込み、暗証番号を打ち込んで手続きを進める。



ん、一回エラーではじかれた。何でだ?暗証番号は間違っていないよ。

もう一度、挿入。


ん??????????
カードが一瞬頭を出したけど、またスッと引っ込んだ。
ええええええええ!!!!!!!!ちょ!






ここで旅の素人の致命的失態。
トラベラーズチェックも持たず、現金も20円しか持っていず、成田ではATMで引き出す時間もなかった。
更に追い打ち、今この瞬間全ての金庫役のVISAデビットカードがATMに吸い込まれてしまった。



灼熱の45度のアラブの見知らぬ国で、一瞬にして凍り付くかのような寒気がした・・・・・


つづく。


【エーゲ旅行記】いざ出発! そして災難のはじまり

2011年10月4日

朝はやっぱり寝坊した。
3時間も寝坊した。
あまりに準備作業が多すぎ、当日朝早くに残りを片そうと思ったのがそもそもの間違い。
もう目が覚めた瞬間、心臓が凍り付きそうになりながら慌てて準備をし、飛行場までの高速バス乗り場までタクシーを走らせた。
旅行日程や大事な予約券などをプリントアウトもしておらず、我ながら十分にルーズすぎる。
仕方がない。前日も相当多忙で翌日に回すしか方法が無かった。


バスが定刻通り発車し,ホッと一安心しながらiPhoneのバッテリーが気になり電源を落とす。
この電源OFFが後々の災難を呼ぶ事になるとは、息を切らしてバスに乗り込んだ俺はまだ知る由もない。
新千歳空港に着き、ANAのチェックインを済ませようとカウンターに行くと、受付の女性職員から信じられないお話を聞くことになる。


「ケニーさん、実はたった今入った連絡でアブダビ発アテネ便が、暴動で空港が占拠されるとのことで閉鎖になったようです。このため予定している便が欠航になりアテネへ行くルートが今絶たれてしまいました。代替の便が成田空港のエティハド航空カウンターで詳細を聞けるかと思いますが、どうなされますか?」


ええええええええ と叫ぶ。
俺 「チェックインするかどうかの判断のタイムリミットは後どれくらいありますか?」
  職員の女性「およそ30分しかありません。」
    俺「分かりました。」

職員の女性「恐らく旅券を手配した代理店さんから何かご連絡が行かれてるかと思います。一度代理店さんに連絡をしてみてはいかがでしょうか」

iphoneをバックパックから出してみると着信が確かにあったようだ。10分前だ。
10分前と言えば、何をしてただろう、何で気づかなかった!バカバカ俺!

そこで代理店に電話をかけてみるが、やな予感がする。このサポセンはちっともつながらない電話なのだ。
数日前の問い合わせの時は1時間も保留にしたまま結局繋がらなかったのだ。
この日も結局15分たっても結局繋がらない。
半ば失意のどん底のまま(怒りと不安が入り交じった感情)で、相棒にヘルプ電話をかける。
どうしたらいいだろう、かくかくしかじか。
「成田まで行っている間に何か進展があるんじゃない?向かった方がいいよ!」
なんてポジティブな相棒なのだろう!いつもこうしてチキンな俺の背中を押してくれる。
「よし!分かった。向かうわ。後は成田で考えよう。ここでじっとしてても仕方ないね」
チケットカウンターで「成田へ向かいます」と女性職員さんに伝える。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」すごく同情に満ちた視線で見送られた。
飛行機に乗り込み、窓から外を眺める。
果たして無事にアテネへ、ミコノスへ、サントリーニに辿り着けるのだろうか・・・




不安で胸がいっぱい。朝の寝坊から通算するとかれこれ4時間ほどドキドキしっぱなし。

何だかあれこれ思いを巡らせていたら、成田までの1時間半は一瞬で過ぎ去った。
これが相対性理論なのであろうか。いやきっと違う。俺は理系じゃなかった。だから寝坊するのだ。
成田空港に着き、まず早速エティハド航空カウンターへ向かう。


カウンターはがらんとしていた。それもそのはず。離陸まで5時間もある。
まだ今は3時ちょい。離陸は8時50分。カウンターが開いて職員がやってくるのは5時半くらいだそうだ。
よし仕方ない。その間にあれこれアテネ暴動情報など調べてみなければ!
空港のwifiはちっとも役立たなかった。自前のタブレットPCがうんともすんともブラウザを読み込んでくれない。
フリーのwifiは諦め、10分100円の有料インターネットのPC前に座り、アテネ暴動情報をサーチすることにした。

残念ながら日本語でのソースはいっこも見あたらず。過去のアテネ暴動しかHITしないではないか。
「暴動ってほんとかぁ?ガセじゃないのか?」などと思いながら、今度は英語でサーチ。
HITした。アテネの公務員の一斉ストライキにより順に職種ごとに国中でストライキが行われると。
なんだ、暴動じゃないんじゃん。大げさな、と思いきや、ちょうどアテネに着く予定だった10月5日(つまりこの時点での明日)が24時間ストライキ宣言されていた。数日前にはタクシー業界も大規模ストライキがあったようだ。
Greek General strikesて書いてる。なんだ予告ストなんじゃないか?と緊急性を否定したくなった。
事前に公表されてんじゃんと。。



5日が24時間ストライキなら全部アウト。アブダビからアクセスするのが5日だったし、この日はすぐにアテネからミコノスへ飛ぶ日でもあったからだ。
さて、そうか。事情は見えてきた。24時間宣言ならまだまし。翌日には代替便に乗れるであろう、と勝手に見込んだ。
そうなるとミコノス行き飛行機をキャンセルし、ミコノス入り初日のホテルもキャンセル、アブダビで急遽一泊すればいいだろう、とこの時は悠長に考えていた。


5時半になりエティハド航空のカウンターにお客の列が出来ていたので、よし俺も並ぼう。
順番が回ってきて、パスポートを見せたとたん、「あ、ケニー様ですね、伺っております。アテネの5日の閉鎖の件で、代替の便が今まだ調整されていません。その前に代理店さんとお話してみてほしいのです。」
その電話は繋がらないし、どうせたらい回しになるから俺はしたくないと伝える。
相手も折れない。こっちも折れない。がしかし埒があかないのでまた電話ボックスへ向かう。
千歳空港で聞いた話とやはり違う。たらい回しの始まりを予感する。


テレホンカードを買う。1000円分。きっと長い間保留にされるに決まってる。
そう思ってかけ始めるとコール5回で繋がる。
う、うそーーーーーーーん。1000円分買った意味ないんですがーー。
「ケニー様、かくかくしかじか(既に知っている内容)なので、代替の便はエティハド航空から提案される手はずになっております。」

ぴきーーーん。やはり。血管が浮いてキレそうになる。ていうかキレた。
まず何より尋ねた。何でもっと早く言わないんだ。自宅を出る前だったら出発日を見送ったはず。もう成田にいるんだ。
相手も反論してくる。お電話しました。ただケニー様の携帯電話が電源が切られていたようです。
むむ、、、、うん。思い出した。新千歳へ向かう空港バスに乗った瞬間、気分良くiphoneを切りました。
そうか。あのとき電源を切っていなければ、あのまま引き返せたのか。むむ。寝坊は怖し。
と思いながらこの電話を切ってしまったら、たらい回しは終わらない。
「エティハド航空の方と代替便の事を話し合ってください」何おーー!!
航空会社の人は代理店と調整してほしいという。たらい回しの始まりだー。

半ば強引に、エティハド航空の担当者へ電話をしてもらうよう誘導した。
代理店の担当女性は電話口の向こうですごく嫌そうな口ぶりであったけど何とか業者間で打ち合わせてもらえる事が出来た。

少したってから航空会社のカウンターで代替案を提示された。
何だか上司らしき女ボス。周りの若い子がすごく顔色伺うような感じ。オーラがあった。
「ケニー様、代替の便の件ですが、全ての日程が二日遅れになってしまいました。アブダビ行きの便が明後日になります。」
ん、んと、成田(国内)で二泊してどうするの??
相棒に相談の電話する前に、一人でじっと考える。ディズニーランド?うそだろ?趣旨がずれるじゃん・・・
俺はエーゲ海に行くんだ。It's a small worldに行くのではないっ!
本当に葛藤したけど致し方ない、二日遅れで了解した。
すっかり脱力放心し、人の少なくなった夜間の成田空港で一人たたずむ。
前途多難というのはまさにこの事で、手に持ってたコーラがやけにまずかった。




今日何度も代理店とやりとりしたおかげでiPhoneの電池が死にそうだ。
隠れてこっそり充電してやろう。いいコンセント場所を見つけた。




ふーう。本当だったらもう搭乗口付近でアブダビ行きに乗っていたんだろうなあ・・・
その時ひらめいた。成田じゃなくアブダビで二泊すればいいではないか!
何でさっき気づかなかったんだ。
重いトランクを引きずって走る走る。広い成田ロビーを全速力で走った。
閑散としたロビーで清掃員がこっちを見ていた。
見られていると思うと、わびしい思いが何故かした。


離陸まで残り30分程度。無理矢理アブダビ行きの便に今乗る!とカウンターに伝える。
今まで見たことのない、嫌な表情をするカウンター職員たち。
何だかこっちがクレーマーに思われているかのよう。
「俺は予定通り進行させたいだけだーー。何が悪いのだ!」
と口には出さないが態度はそのように振る舞った。
もう厚顔無恥はこういう時に発揮しなくてはダメだ!の勢いで。
見るとすぐにそうと分かるボス級の女性職員が二人増えていた。
さっき、航空欠便証明をもらった時に対応してくれた人も怪訝そうにこっちを見ている。
突然の俺のリクエストに職員さんほぼ総出でなにやら調整している。
女性社員の多い職場は怖い。目つきが怖いのだ。
病院の看護婦もそう。明らかに視線で分かる。


と上司らしき女性が近づいた。「私どもでは勝手に便を変更出来ないのです。代理店さんの許可がいるのです」
ピンと来た。これは体のいい断りだ。諦めてくれのサインだと分かった。
諦めてなるものか。しかし代理店の電話は受付夜の7時まで。もう7時はとっくに回っていた。
試しに電話をかけてみるも営業時間終了のガイダンスが悲しく流れる。

ひらめいた。さっきエティハド航空の社員と代理店は電話で話していたはず。
その時は一般公開してないオフィスの代表番号でかけていたはずだと推測。
着信履歴を確認してほしいと航空会社に頼んで見ると、やはり思ったとおり。
その秘密番号を教えてもらい先程までやりとりしてた代理店職員とホットライン成功!!
かくかくしかじか。
「あ、大丈夫ですよ、私どもはいっさい構いません。航空会社さんが何と言うかだけですね。」
ほれ見てみい。思ったとおり。鵜呑みにしないで正解だった。
これはもう二者間で直で話してもらわないとダメだ。手に持ってるiPhoneをボスに渡す。
10分ほどやり取りした様子のあと、無事チェックインが出来た。。。。。
何だか無性に涙がにじむ。


エティハド航空の「いってらっしゃいませ、お気をつけて」は一切無かった。
「いいから早く行け」的にそっぽ向かれ彼女らはルーティンワークに一分も早く戻りたかったようだ。
胸の中でたっぷり悪態を浴びせた。ま、でもいきなりのアレンジメントをしてくれたわけだ。全て良しとしよう。

さて急がねば!!!もう10分も無い。慌ててトイレに駆け込み、両替所へ向かう。
がしかし、当たり前か。8時付近で両替所はとっくに閉まっていた。ていうか辺りには清掃員しかいない。
閑散としている南ウィングを突っ走る。走る走る走る。
この時の俺はまだ知らない。2日早くアブダビ入りすることの悲劇。
ATMに立ち寄る時間も無く、両替所が閉まっていた悲劇を。


10月4日 夜8時50分、恐らく乗客で一番最後。
アブダビ行きの便に、文字通り飛び乗った。


つづく


2011年10月4日火曜日

エーゲ海旅行 眠れない前夜

恥ずかしながら出発日だというのに、気が高ぶってしまってちっとも寝付けない・・・

何ですかねぇ、まるで遠足前夜の小学生のよう。こんな事は何年ぶりだろう。

旅行の段取りを直前までサボって!?いたために、直前になって慌ててあれこれやっていたせいでしょう。

頭が冴え冴えで。体は寝ろ寝ろと言っているのですがー 

不思議と、まだ今日出発するという実感もなく、成田あたりに着いてからなのかなあ。

出発までわずか6時間足らずなのになぜかスイッチが入りきってない状態です~。
 
今日は3件のホテル別個に、空港や港からの無料送迎の段取りを依頼し2件からは返事があったものの、肝心の初泊のホテルからスルーされ続けて困っております・・


ミコノス空港に着くのは夜6時くらい。薄暗い夕暮れに一人たたずむのはちょっとアレなんですがね~。ま、そういう流動的要素も楽しい。タクシーで乗り付けて代金請求してやろうかな~とか何とか。
  
今寝れば数時間寝れる。 あーーでも無理そうだなぁ。コンビニでもブラブラして来ようか。


そんな出発前夜でした。


新千歳~成田~アブダビ国際空港~アテネ国際空港という経路。

アブダビ空港で乗り換えるのですが、ここがまさにバブリーなところ。

ドバイの近くと言えば、ピンと来るかもしれません。

贅の限りを尽くしたかのような雰囲気。独特なんだろうなぁ。



そんなわけで、行って来ます!(注:コンビニへ) まだ寝付けそうにない。


次回から、いよいよ現地ミコノスからのリポートですよ! 




2011年10月2日日曜日

サントリーニの可愛いホテルたち


前回のミコノスの可愛らしいホテルに続き、
今回は予約を済ませたサントリーニのホテルをご紹介。


サントリーニへはミコノスに5泊した後、高速フェリーで乗り込みます。
高速艇なので2時間半で着くようです。
普通のカーフェリーだったら5時間くらい?かかるみたい。
53ユーロ


(SeaJets社の高速艇 SuperJet号)

やっぱりサントリーニへ向かうには飛行機ではなく
時間をかけてフェリーで行くのがいい!
何時間も船に揺られ、やっと見えてくるサントリーニ島の雄大なこと。
そびえ立つ絶壁島に、頂上の部分だけ白く雪が積もったように見えるのがホテルなどの建物。
見上げるサントリーニ島をこの目で見るのが、今回の巡礼の旅の重要なミッション!






1つ目:記念すべきサントリーニ初泊ホテルはこちら



これぞサントリーニ!という絶壁から見下ろす景観




ホテルの部屋からも壮大な景色が広がってる!






うご!大好物すぎてめまい
こんな絶景なのにオフシーズンに入ったから
ダブル一室 55ユーロ。朝食つき。

夏場のハイシーズンはどこもかしこも
3倍から4倍くらい跳ね上がるようです。








2つ目:こちらのホテルは白の楽園でもお馴染み。

このホテルに泊まれるなんて夢のよう。
もう死んでもいいぞー!ってくらい。
90ユーロ(朝食なし)





この一角、わずか一晩とはいえ、独占出来るなんて嘘じゃないよね!
心の底から信じられない・・・涙

↑懐かしの白の楽園風景より






3つ目:続いて更に素敵なホテルが!


こちらのホテル。
もう何年も前から愛読してた
ギリシャ在住ブロガーさん(僕にとっての神さま的!存在)
夫妻が住んでらっしゃるホテル。

今回のサントリーニ旅行に関してのいろんな質問を
ご親切にたくさん教えてくださいました!
感謝感激



なんとイアという有名な街の中心広場の真横なんです。
左上に愛着のある大好きな教会がチラッと写ってます!


↓これね。白の楽園風景より





こちらはまた別の教会。
間近で見れるなんて・・・
死因:感動死、ってあるのかな。



ダブルで一泊55ユーロ 朝食付き。
オフシーズンに感謝なのです!!



あと残りのホテルは現地に行ってから
のんびり気の赴くまま手配しようと思ってます~。

それでは、行って来ます!
現地からのリポートほぼ毎日更新予定です。
★WiFiに感謝!★
お楽しみに^^